沼昭三『懺悔録 我は如何にしてマゾヒストとなりし乎』(ポット出版、2009年5月21日)

7月1日読了。

「沼昭三」こと天野哲夫氏の『S&Mスナイパー』連載の告白的エッセイと、未完の小説を収める。告白的エッセイは、連載当時は天野氏の名義で発表されたもの。やはり沼昭三の正体は誰かという興味から、天野氏の精神史や生活史を知りたいという欲求からこのエッセイは読まざるをえない。

本書を手に取ったのは、天野氏名義で当初発表しながら、彼の死後「沼昭三」名義であらためて今回発表されたことに、軽い衝撃を受けたためだ。よく知られているように、天下の奇書『家畜人ヤプー』の匿名の作者・沼昭三は誰かという問題は、同作の発表直後から議論の的になってきた。天野氏だけでなく、交通法の権威である某判事やかの三島由紀夫も作者と擬されてきた。古今東西の文学をS&M的視点から再構成して、独特の世界を築いた同書は、並大抵の教養と文才の持ち主では執筆できないとされたため、彼ら天才的人物が作者と推測されたのである。

新庁舎の校閲係を長く務めた天野哲夫氏は、従来あくまでも「沼昭三の代理人」と名乗ってきたと記憶しているが、近年沼昭三=天野氏という記述をよく見るようになった。昨年11月、彼が亡くなったときにも、やはり彼が沼昭三であると、死亡記事では紹介されていたと記憶される。

本書の編集者は、当然のことながら、沼昭三=天野氏説を採るが、本書を読みながらネットを調べてみたところ、沼昭三の登場と天野氏の発言、そして長らく本当の作者とささやかれてきた某判事の発言などを詳細に検討して疑義を呈したウェブがあり、かなり説得力を有しているように見えた。特殊な性的嗜好について詳細に書かれたウェブであることから、大学のウェブページからリンクしている本ブログでは当該情報へのリンクは差し控えるが、日本の戦後文学史の謎の一つが埋もれていくかもしれないことを考えると、沼昭三=天野氏説を軽信してよいものか、同ウェブを見て考え込んでしまった。

なお、未完の小説は、初期江戸川乱歩を強く彷彿させる怪奇と猟奇の小説。