司馬遼太郎『義経』上・下(文藝春秋、2004年2月10日新装版第1刷、2004年12月10日第7刷)

もうひとつ、司馬遼太郎を見直したきっかけが本書だ。

司馬遼太郎は、人物、英雄を描くだけという印象が強かったのだが、この本では、登場人物の意識をつうじて、日本古代の律令制から中世の封建制への制度変動を描くことに成功しているように思う。

義経やその周辺の人びとは、天皇を中心とする律令制の意識で行動し、朝廷の権威づけによる秩序を最優先する。その一方で、頼朝は、新しく勃興して実力を十分に蓄積した武士たちを代表する棟梁として、戦争や統治の能力と土地に基づく利害を基盤とする新しい封建制の秩序を築こうとしていた。

義経やその周辺の人びとが掲げる大義名分や、古代の律令制とセットになっていた血族的価値は、頼朝から見れば明らかに時代遅れであり、封建制秩序には邪魔なものにしか過ぎない。義経やその周辺の人びとは、血族的価値や律令制の秩序意識から、頼朝の思想や行動を忖度しようとするが、明らかに次の時代を築きつつあった頼朝の思想や利害を理解することに失敗し、これが、義経たちの破滅へとつながる。

本書は、人びとの行動や意識をつうじて、当時の社会・時代の変動を大きく描き出した点で、きわめてすぐれた歴史小説だと呼べるのではないか。

2009年4月中旬読了。

とりあえず、本日は、ここまで。